韓国・中国・ロシア三国をつなぐ旅 ➃中国綏芬河から列車で国境を越えロシアクロデコポコへ

四日目はいよいよ中国綏芬河から列車で国境を越えて
ロシアのクロデコポ駅に入ります。
この旅行の一番興味がある所です。
しかしながらとてもとても大変なことになりました。
中国国境の町綏芬河は夜について一泊し朝出発したので
ゆっくり見学する時間はありませんでした。
坂の町でロシア風の建物もありきれいな街でした。
綏芬河駅はここ一二年であたらしくなったそうです。
大きな奇麗な駅でした。
b0044296_22311538.jpg
















駅に入ると列車の時刻表が出ていました。
私たちの列車は9時50分に出発します。
b0044296_22331494.jpg
















この駅で中国出国の手続きをします。
中国のガイドさんとは改札口でお別れです。お世話になりました。
b0044296_22454771.jpg
















列車の切符です。
綏芬河からクロデボコの中国語 71元ですから 1450円ぐらいです。
二等車です。
出国は荷物検査があり、入国審査があります。飛行機のようにシステム化
されていないので、ものずごく時間がかかります。
厳めしい係りの人です。日本人が大勢通ることはほとんどないようです。
無事出国手続きをして列車に乗り込みます。
列車内は片側が三人向かい合わせての席で片側が二人向かい合わせの席です。
b0044296_22542503.jpg
















荷物を置くところがないので
小さいスーツケースは網棚にあげ、床下に横にして置いたりと
苦労しておさめようとしますがなかなか全部収まりません。
前の車両を見るとガラガラ、なんでやろう?そこは交渉して
おさまらない大きなスーツケースだけおいてもらいました。
荷物を収めるだけでひと騒動だったのですが、あとで
ロシア人の持っている荷物に仰天びっくりの状態になります。
b0044296_22534312.jpg
















窓から見た列車です。
列車は定刻通り出発しました。
26kmの距離の所を何故か一時間半かかります。
途中で外の景色を見ていると同じところをぐるりと回っている感じがしました。
国境を越えても案内があるわけでなくわかった人が拍手してくれてわかりました。
途中で交差するのに長い時間泊まりました。
列車の中では私たちの車両は中国人と一緒になりました。
私たちは静かに座っていますが、中国の人たちは
あちこちで宴会を始めます。食料をいっぱい買い込んで楽しく
やかましく歓談しています。
中国の列車にはお湯の設備があるので散歩がてら
見学に行きました。
三両目にあると聞いていたのですが、ありません。
ロシア人が荷物をデッキに山済みにしていて場所が見えませんでした。
後でこの荷物に悩まされることになります。
ロシア人ばかりの車両では三つの席を独占して
横になっているトドのような女性やすごい姿をいっぱい見ました。
なんで、あそこはすいているのやろうと思いながらすごいなあと
歩いてきました。
お湯の出るところを探していたら、ロシアの人が「NONO]というので
よく効いたら私たちがお便所を探していると思ったらしく
列車が止まっている時は使えないと教えてくれました。
この列車も日本の昔と一緒で垂れ流し便所です。
中国人の人たちに挨拶したらそれなりに仲良くなって、
テーブルに山盛りのひまわりの種をいただきました。
みんなで分けて食べたらとてもおいしかったです。
ひとりの中国人の女性が「日本人なのになんでこんな
安い列車に乗るのか?」と質問されました。
日本人がローカル列車に、それも大人数で乗ることは不思議な
光景だったようです。
「列車で国境を越えたかったからです。」と答えておきました。
彼女たちはハバロフスクに行くようでした。
まあなんやかんやあったけど、無事クロデコポ駅にに到着しました。

列車は止まったけど、プラットホームはありません。
大きな荷物を仲間の人に助けてもらって降ろし、えんやらやと
線路に降りました。丁度雨が降ってきて慌てました。
ここからが地獄の行軍が始まります。
駅の入り口が入国審査場になっています。
入り口から私たち5人ずつ入りますが、
手続き窓口は一つしかありません。係りの人はニコッと笑って
親切ですがなんせ時間がかかります。
何とか終わったと思ったら次からが大変なんですが
荷物を持って狭い通路に並んで荷物検査があります。
これがすごいことになっています。私たちはスーツケースと
手荷物だけですが、ロシア人は中国で買い付けたものを
手荷物で検査場へ持ち込みます。
これがまたすごい量で。長椅子ぐらいのテーブルがあり
ソファーがありタンスがあり、引っ越しかと思うほどです。
その上ロシア人は荷物を後ろからバケツリレーみたいにして前へ
送ったりとずるをします。それを見とがめた中国のおばさんが
怒鳴っていたけど、ロシア人はそんなこと知らんふりしていて
さすがの中国のおばさんも負けてしまいます・
私たちは中国人もすごいと思っていたんですが
上には上があるものです。
私の周りの人はスーツケースでロシアのおばさんが入らないように
ブロックしましたが、それでも乗り越えようとするのですごいです。
順番になっていってみますと荷物検査は一つしかありません。
これはひどいと思いました。
結局私たちのグループは最初の人が出てから二時間半以上かかって
最後の人が出てきました。
途中から出てくる仲間を大きな拍手で迎えました。
クロデコポ駅です。
b0044296_23273950.jpg




























ロシア人の荷物です。
こんなのはまだかわいいぐらいです。
b0044296_23291716.jpg
















最後の人はへとへとになって
大変でしたが、とりあえずロシアのガイドさんに迎えられて
予定より三時間近く遅れて昼食の場所に行きます。
駅のトイレは三元で有料でした。
ここからウラジオストクまでバスで移動します。
見渡す限り草原でした。
b0044296_23335169.jpg
















昼食はおいしかったロシア料理でした。

b0044296_23345613.jpg
















ウラジオストクに着いたときは
夜になっていました。昼食とってから時間たっていなかったけど
ホテルの隣のレストランで夕食を食べました。
列車の中の賑わいや荷物検査の行軍から逃れて静かな素敵な
レストランでゆったりとしました。
色々な出会いがあり、お国柄など直接見て経験して
感心したり、びっくりしたりと旅ならではのことがいっぱいあります。
本当に疲れた列車の国境越えの一日でした。
後で思い出すと笑い話になると思います。



# by yukinachan55 | 2017-06-18 22:19 | 海外旅行 | Trackback | Comments(3)

韓国・中国・ロシア三国をつなぐ旅③牡丹江から東寧・綏芬河

三日目の旅は牡丹江から中学生が逃避行で歩いた道を
逆にバスでたどることになります。
東寧まで200kmあります。
この時間を利用して自己紹介をすることにしました。
ガイドの曹さんは今回の旅で三回お会いすることになります。
いつも適切なガイドと理路整然としたご自分の考え方を
持っておられる方で、お話を聞くのと楽しみにしています。
まず、中国は広いので中国人もいろいろな気質があり
東北の人は概しておおざっぱで懐が深い気質だということで
石頭村の人たちもそういう人たちだった御思うと話されました。
バスは緑の中を走っていきます。
b0044296_00483838.jpg
















私は今回の旅は三か国を回る旅で
興味もあり、シリーズ三回目の参加になることでそんなに深く考えることはありませんでした。
曹さんのお話で一番印象に残ったのは少年たちが命令に従って報国農場にきたり
満蒙開拓団の人たちが満州で苦労したのは大変だったけど
その土地は日本人が元から開拓したのではなく、中国の人が開拓し生活していたのを
追いやって入植したものであるという話でした。
参加者の中では満州から引き揚げた方、身内が満州でなくなった方、
お父さんが満州の土地で軍医さんをしていたとか、引き上げの時や、その後の苦しかった
話など、いろいろな話が飛び出してきて、あまり考えもしていなかった私は
皆さんの話を聞いて考えさせられました。
ちゃんと見学しないといけないなあと改めて思いました。
また最近の中国の発展ぶりは目覚ましく、牡丹江から綏芬河まで高鉄が開通し
4時間かかった所が一時間半で行けるようになったとそれもここ一年の間の話です。
中国に来るたびにどんどん変わっていくのがよくわかります。
ロシア風の駅が見えました。
b0044296_01011498.jpg
















途中小さな売店がある所の東寧迄の間に一ヵ所だけある
サービスエリアでトイレ休憩しました。
今回の旅行で一番大変だったのはトイレでした。
以前みたいに汚くはないですがなんせ数が少なく35人ツアーでは
時間もかかり大変でした。
東寧の町について今回の旅に特別に私たちの趣旨を聞いて
東寧の現地の方が特別にガイドについてあちこち紹介していただきました。
東寧の町についてみんなの希望で本屋さんに寄りました。
b0044296_01081956.jpg
















皆さんは地図がほしかったようです。
日本では正確な地図が必要ですし、売っていますが広大な土地に少ない人で現地では
地図の必要性があまりないようでした。
本屋では皆さんいろいろなものを買われました。本屋の店員さんは
日本人が大勢入ってきてびっくりしておられたようです。
私は韓国語の本と医療関係の中国の雑誌を買いました。
韓国語の本は塗り絵になっていて今色鉛筆で楽しんでいます。
中国の雑誌は一月号でした。ははは!!
b0044296_01113361.jpg
















町並みは明るく
奇麗でした。
b0044296_01135394.jpg
















東寧について最初に大肚川村へ
行きます。バスから見ると村中がきくらげ畑でした。
ロシアとの国境に近くにある御成橋を見学しました。
橋の名前が昔のまま残っていました。
b0044296_01172509.jpg




























今回の旅で
福岡から参加された方が東寧から受け取ったお父さんの手紙を持って
参加されました。お父さんは軍医さんでした。満州で長くいて最後には
沖縄で戦死された話を聞きながらここに立たれたと話されました。
ぐっときました。
橋から見える青い建物の場所が元病院で今は工場になっているとのことでした。
b0044296_01220939.jpg
















川の下を覗くとカモは平和そうに
泳いでいました。
b0044296_01234040.jpg
















次に日本家屋がそのまま残っている
軍人クラブを見学しました。
ここはきくらげの工場になっていて中は何も残っていなくて建物の外側だけが残っていました。
住んでいる方は親切な方で中を開けてくれました。そして以前の写真も見せてくれました。
とても優しく対応してくれました。
b0044296_01271870.jpg
















きくらげ畑が延々と続きます。
白い塊に菌を植え付けて栽培しています。
東寧名産で食堂で売っていたので買いました。
b0044296_01281729.jpg
















次は現地のガイドさんの案内で
砲台跡そして少年たちが働いていた報国農場跡地へ行きました。
広々としたところでその向こうはロシアです。国境まで1kmしかない所だそうです。
写真ではちょっと広さがわかりませんが広いです。
b0044296_01330851.jpg
















その後塹壕が残っているところを
教えてもらいました。樹木の並木の前の所がそうだそうです。
後ろに見える山はロシアです。
b0044296_01355999.jpg
















樹齢何年の木かなあ
この木はここであったことを全部見ていたんでしょうね。
b0044296_01382906.jpg




























東寧の町に戻って
ガイドさんをお別れして東寧要塞の見学に行きました。
東寧要塞は1932年に満州国建国の後1936年から建築工事が始まり
1937年に完成13万人の日本兵が駐屯、要塞付近は無住区で70余りの村が
破壊され住民は追い出されたばかりでなく要塞建設、飛行場・鉄道・道路のために
17万から20万人が強制労働に駆り立てられたそうです。
東寧要塞はウラジオストクから150キロこの地に南北100キロ東西50キロ
20以上の陣地が構築された。現在内部を見学できるのはこの勲山陣地だけだそうです。
英雄の銅像とか飛行機や武器の展示などそして博物館があります。
b0044296_01503097.jpg
















急な階段を上って要塞の入り口にたどり着きます。
b0044296_01525405.jpg
















中はじめじめしていて
決して快適な所ではありません。嫌になります。
部屋の名前とかお風呂の後とかわかる所がありました。
b0044296_01543018.jpg
















中を通り抜けると
山の上に出ます。そこに日中友好の碑が立っていました。
b0044296_01563558.jpg




























本当に仲よくしないといけないと思いました。
要塞の外に出て中腹から見たカチドキ山です。後ろに薄く見えている山なりはロシアです。
b0044296_01585991.jpg
















色々な思いを巡らしながら
下に降りていくと5時前で博物館は閉まっていました。そこを無理を言ってあけてもらいました。
融通が利き優しい係員の方でした。
b0044296_02012363.jpg
















駆け足でそれなりにガイドさんの説明を聞きました。
そしてそこから綏芬河の町まで移動しました。
食堂でごちそうを食べてホテルに入りました。もう暗くなっていたけどきれいな街でした。
b0044296_02034368.jpg
















種類も多く量もたっぷりで
しっかり食べて明日の列車の国境越えに備えました。


# by yukinachan55 | 2017-06-17 00:28 | Trackback | Comments(0)

最初の第一歩 毎日一つ感動


by yukinachan55
プロフィールを見る
画像一覧